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[2022年11月号] 古典への誘い「徒然草」

古典への誘い「徒然草」

現代に通ずる随筆「徒然草」

「つれづれなるままに、日くらし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。」

現代語抄訳 つれづれのままに一日中机に向かい、心に移り行く思いをあれこれと書きつけると、妙にあやしい気持ちになる。(島尾敏雄訳)

「徒然草」は700年前平安時代の貴族やその周囲の人々の暮らしに関わる、吉田兼好の手になる随筆です。

 風俗は現代とは異なっていても、その心の動き、喜怒哀楽や美醜の感覚などは、現代の私たちと少しも変わらないことに気づかされます。

命長ければ辱多し

 よく聞く言葉ですが、徒然草第七段「あだし野の露きゆる時なく」の章にあります。原典は「荘子」です。このあとには、「長くとも、四十に足らぬほどにて死なんこそ、めやすかるべけれ。」と続きます。当時の年齢ならさもありなん。しかし、さすがに今なら、「四十歳」は早すぎます、吉田兼好氏、今なら何歳と言うでしょうか。

「久米の仙人」

「世の人の心まどはす事、色欲にはしかず。(中略)えならぬ匂いには、必ず心ときめきするものなり。」「久米の仙人の、物洗ふ女の脛の白きを見て、通を失ひけんは・・・」(以下略)(第八段)

「久米の仙人」の話しはよく聞く話しです。男性は女性のお化粧に、心が惹かれることは、今も昔も同じです。

「その中に、ただかの惑ひのひとつ止めがたきのみぞ、老いたるも若きも、智あるも愚かなるも、かはる所なしとみゆる。」(第九段)

<色欲の惑いはどうしようもなく、老いも若きも、知恵ある者も、愚かな者も変わるところがない>というくだりも、解説の必要はないでしょう。現代もそのとおりですね。

 このように、当時の貴族社会の人々の考え方がわかるとともに、吉田兼好本人の性格まで読めます。

 全編243段ありますが、ひとつひとつの章(段)は短く、読みやすいですが、全部通して読む必要はありません。つまみ食いでも結構です。ただし、現代語訳を同時に読むことをお薦めします。

 出典 「徒然草」木藤才蔵 校注 新潮日本古典集成 菊池市立図書館蔵

                       投稿者 井藤和俊 



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