「春は曙。やうやうしろくなり行、やまぎはすこしあかりて、むらさきだちたる雲のほそくたなびきたる。」(「新日本古典文学大系 枕草子」原文引用以下同)
という書き出しで始まる「枕草子」の冒頭の一節は、高校時代の国語で誰もが読んだことがあることでしょう。
枕草紙は、今から千年以上前の平安時代、藤原道隆の時代、天皇のお后中宮定子に仕えた清少納言の手による最古の随筆です。
私見ですが、「枕草紙」は、雅な宮中の世界から見える、上流貴族階級の美的感覚、喜怒哀楽の感性、生活風俗、宮中人事の裏話などあれこれとなく綴り、現代の若い女性が芸能界のうわさ話しやファッションを語りあう、また政界の出来事にも関心を示す女性週刊誌のごとき随筆です。
これは、清少納言が中宮定子のために書いたものです。それがのち他の貴人の手にわたり、広く宮中の女官たちに読まれ、人気を博したと言われています。
人気の秘密のひとつは、「枕草紙」全体に流れる明るさ、色彩感覚の豊かさです。
「夏はよる。月のころはさら也、闇もなを、ほたるの・・・」
「秋は夕暮。夕日のさして・・・
「冬はつとめて。雪のふりたるは・・・」※「つとめて」とは「早朝」の意
読む人には、眼の前に情景がパノラマのごとく浮かんできます。
「枕草子」には、ある事を端的に言い尽くす例示の巧みさがあります。
第十段「山は をぐら山。かせ山。三笠山。・・・・をかし・・。
以下、十一段「市は たつの市。・・・(中略)・・・十九段「家は 近衛のみかど。・・・と続きますが、これらは、末尾の「をかし」が省略されています。清少納言は、「こんなのが素晴らしいのよね」と言って、肯定感を与え、文章全体を明るくしています。
清少納言は、宮中の出来事にも、興味深々です。第二十段「清涼殿のうしとらのすみの、・・・(以下略)・・・」では、大納言(藤原伊周 中宮定子の兄)が、青磁の大花瓶に挿された桜の大枝が手すりのそとまで咲きこぼれている昼日中、桜の「なほし」(平服)に紫色の「指貫(さしぬき)」(はかま)を佩いて・・・という様子を事細かに描写し、その日の出来事を、書き連ねています。清少納言は、この様子を中宮定子に語り、文章としたのでしょう。女性週刊誌の皇室報道のようです。
枕草子はこのような随想が二九八段と続きます。終始このような宮中内外の出来事が細かく描写されていますが、一貫して、明るさを失わず、中宮定子の兄たち(藤原伊周・隆家)の失脚については、ほとんど触れることなく、数年f後の中宮定子の死去とともに、清少納言も宮中から身を引いています。その後の中宮彰子に仕えたのが紫式部です。
読めば読むほど平安期の貴族階級の人々の心や風俗等が分かって、楽しくなる読み物ですが、原文と現代語訳の解説を併せて読まれることをお薦めします。
参考文献 新日本古典文学大系「枕草子」渡辺 実 校注 岩波書店 中央図書館在庫
「あなたを変える 枕草子」 清川 妙 小学館 中央図書館在庫
100分で名著「枕草子 清少納言」山口仲美 NHK出版 中央図書館在庫
文責 井藤和俊
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