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[2023年7月号] 本の広場


直木賞に落選した“傑作”~絲山秋子著『逃亡くそたわけ』~  

投稿者 市内在住 H.1


平岩弓枝【会話の妙に感動した。病気を持った男女二人の心の通い合いを九州の自然の中にばらまきながらつむいで行った作者の腕は見事という他はなかった。】

渡辺純一【肝腎の精神病者が普通の健常者にしか見えないし、健常者なのに精神病者にされたのだとしたら、その背景をしっかり描くべきである。】


第133回直木賞の選評。絲山秋子『逃亡くそたわけ』についてである。お二人の仰ることはどちらも的を射ていると思う。落選作で確かに欠点はある。が、どこか読者を惹きつける。


精神病院に入院中の若い男女。飲まされる薬が嫌で病院から逃げ出し、道に迷い、ヒルに襲われ、河に溺れ・・・といったドタバタを繰り返しながら福岡から指宿まで南下するロードノベルである。

地元福岡で生まれ育った“花ちゃん”は彼氏にフラれたショックから立ち直れていない。東京が大好きで、出身地の名古屋コンプレックスにさいなまれる“なごやん”は東京から福岡に転勤させられたことが不本意。モヤモヤを抱えた二人の会話と、そのズレや事実誤認が可笑しい。


「阿蘇は世界一よ」

「だって日本一は富士山だろ」

「富士はただ高いだけやろ。阿蘇は想像できんほどでかいとよ」


「なんで『いきなり』なんだよ」※いきなり団子の名称の由来を訊きたい。

「さあ、知らんばってん、いきなりサツマイモが出てきて嬉しい出会いがあるからやないと?」・・・


やみくもに走っていると見つかるファミレスの△ヨイフル、中津の喫茶店の諭吉定食と名付けられた鳥唐揚げのセット、落石がやたらに多く、酷道とでも言いたくなる某国道・・・フイクションとは言え、九州のリアルな「あるる感」が随所にあり、ついニンマリしてしまう。


もう一つ、選評をご紹介したい。

林真理子【こういう作品がどうして直木賞候補にラインアップされたのかわからない。違う場所で評価を受ける作品であると思う。】

この予言通り(?)、本作は映画化もされたし、作者は『沖で待つ』で第134回の芥川賞を受賞している。


なお、逃亡劇の十数年後、主役の二人が各々既婚者となり、再会するどころか、家族ぐるみでの交遊が始まる続編の『まっとうな人生』も、去年刊行された。コロナ禍で先の見えない不安をテーマにしており、それは現在進行形で我々と身近な話でもある。前作とは全く違った味わいがあり、これまた私は一気に引き込まれた。

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