「ヒガンバナ」の知恵から学ぶ
東海大学 教授 村田達郎
私達は、日頃の生活に追われていると、季節の移り変わりをふと忘れてしまうことがありますが、田んぼの畔にレッドカーペットを敷き詰めたように、鮮やかに咲き誇る「ヒガンバナ」が、私達に秋の彼岸が近づいたことを知らせ、心を和ませてくれます。
この花は有史以前に中国から渡来したといわれ、仏教と深い関りがあり、サンスクリット語で「赤い花」を意味する曼珠沙華(マンジュシャゲ)とも呼ばれます。また、英語名は「レッド・スパイダー・リリー(Red spider lily)」で、花の印象から訳すると「赤いクモが足を広げているようなユリの花」ということになりますが、花びらがリボン状に絡み合い、他の花では見ることができない神秘的な形をうまく表現した英語名であるような気がします。
この花の球根は毒を持っていますが、水にさらして毒を除けば食べることができ、昔は飢餓の時の食料になるために、田んぼの畔や墓地に植えられました。また根から出す物質が、他の雑草が茂るのを防ぎ、ネズミやモグラの侵入を抑える効果があるために、田んぼや埋葬された遺体を守る意味もあったと考えられています。
チューリップやスイセンは秋に球根を植えると、まず葉が出て春になるときれいな花を咲かせます。同じように球根で増殖するヒガンバナは、茎の先端に花を咲かせますが、開花時には葉は全くありません。花が終わった後で葉を出し、他の植物が枯れてしまう冬の間に他の植物との競合を避けながら、次の年にきれいな花を咲かせるために栄養分を球根に蓄えます。4月から5月に暖かくなって他の植物が茂りだすころには、葉はすっかり枯れて姿を消しますので、花は葉を見ることがなく、葉は花を見ることがありません。そのため「ハミズハナミズ(葉見ず花見ず)」という別名を持っています。
私達は、現在コロナ禍の中で、できる限り人との接触を避け、自粛生活を送っています。こんな時こそ冬の間に自分の立ち位置を変えて他者との競合を避けながら、花を咲かせるための栄養分を懸命に蓄えている「ヒガンバナ」のしたたかな生き方を、この時期を乗り越えるためのヒントにしたいものです。
写真 開花後葉を出したヒガンバナ
〇参考図書:稲垣栄洋「なぜ仏像はハスの花の上に座っているのか」幻冬舎新書(2013)
田中 修「植物のかしこい生き方」SB新書(2018)
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