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[2023年7月号] 「目録『菊池の戦後の歌人たち』報告会」の開催にあたって

目録作成に携わって~報告会での挨拶~      坂本 玲子

 目録作成に携わるまでの私は、菊池市中央図書館の郷土欄に並んでいる歌集のうち、既に名前を知っていた人の歌集数冊には目を通したものの、正直言って「へーこんなにあるんだ!」と思って終わっていました。そんな私でしたが、編集委員の一人として、目録作成を進めていく中で、目から鱗の思いを何度も味わうことになりました。

 菊池短歌会の発足は、昭和31年、私が隈府中学校(現在の菊池南中学校)に入学した年だったことを知り、戦後10年余で、このような機運が菊池に生まれていたことに驚きました。しかも菊池神社の前での発会式ということに、そこに集った方達の思いと志を感じずにはおられませんでした。そして合同歌集「鞠智」第一号は、昭和33年に創刊されて、歌集を開くと、高校時代の恩師や記憶にある方達の名前が並んでいます。読み進めていくと、戦後間もない日々の暮らしを詠んだ短歌からは、戦後の暮らしの厳しさと同時に、これからの暮らしへの希望が伝わってきます。

 高校時代、みんなが親しみをこめて「バアチャン」と呼んでいた恩師の短歌を読んだ時は、授業を終えてチョークで汚れた手を洗いながら、先生はこんなことを思っておられたのかと、思わず苦笑いしてしまいました。

 合同歌集を読む一方で、個人の方が出版された歌集を読んでいきました。

それぞれの立場、環境の中で詠まれた短歌は、その人でなければ到底詠めない、その人の世界だと思いました。

 機械化とはおよそ縁遠い当時の農村で、地に這うようにして、土と格闘を続けた農耕歌人  郷 松喜さんの歌「畑隅の黒胡麻の実は時過ぎてはじけ初めたり秋のひでりに」からは、むっとするような土の匂いや収穫を迎えた黒胡麻を眺めて満足そうな作者の姿が浮かんできます。

また、助産婦歌人といわれた石口とし枝さんの歌「両の掌に落ち来し如き安産の児はまるまるとふぐり下げおり」からは、生命の誕生の素晴らしさを、この年になって改めてしみじみと感じました。そして、歌集全体を通して感じる、助産婦という仕事にかけるプロ意識の高さに、心打たれました。

「阿修羅なす世のさまとても見尽くせり引揚の日日夢にも還るな」

この歌を詠まれた萩尾春海さん。萩尾さんと同じく昭和21年の秋、3歳4か月で満州から引き揚げてきた時の記憶のある私にとって、この歌は、忘れられない歌になりました。

 時間が許すならば、もっともっとここで紹介していきたい思いになりますが、時間がありません。目録には、それぞれの歌人たちの短歌を紹介した後に、歌人のプロフィール、歌集の跋、序等に書かれたものを載せてあります。そこを読んでいただくと、歌に詠まれた背景といったものを、より深く想像していただけるのではないかと思っています。

 最後になりましたが、今日講話をしていただく黒木公一郎さんについて簡単にご紹介します。菊池に短歌が、広く深く根付くきっかけになったのは、黒木さんのお父さんである、黒木傳松という歌人の存在があったればこそなのです。

そして、私達が作ったこの目録が、図書館に収められている「菊池の歌人たち」の歌集を手にとる時の、よきガイドになることを心から期待しています。

 戦後間もない頃、菊池女子高等学校(現在の菊池高校)で、生物の教師だった渡辺憲吉先生と生徒だった竹野美智代さんが、この黒木傳松氏の講演と素晴らしい朗詠を聞いて、深く感動したことがそもそものスタートです。

 ここらあたりの事は目録にも書いてありますが、今日は、息子ならではの思いを直接語って頂きたいと思って、お招きしました。


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