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[2020年5月号]エッセイ ラジオ発、文学行き  猿渡美智子


今回の原稿依頼を受けて、初めに書こうと思っていたのは、伊藤比呂美さんのエッセイの感想だった。伊藤さんに興味を持ったのは、実はラジオだ。この3月に終了したが、作家の高橋源一郎さんがやっている番組に伊藤さんがゲスト出演して、視聴者からの人生相談を受けるという企画があった。聴いた方もおられるかもしれないが、その時の二人の話がとにかく面白かった。それをきっかけに彼女の作品をいくつか読んでいたので、伊藤さんは熊本に住んでいる人だし、エッセイも面白かったし・・・と考えたのだ。

 ところが、4月から高橋さんの新番組が始まり、そこに再び伊藤さんがゲスト出演するということで、聴いてみるやエッセイの感想という案は撤回して「今はこれだ!」と思った。コロナ対策でソーシャルディスタンス(人と人との距離を離すこと)が言われているが、そのことについて高橋さんが番組の冒頭で次のようなことを語った。

 「ぼくは、18歳の時学生運動で捕まって、8か月の間、拘置所にいました。独房にいたので最強のソーシャルディスタンスということになります。人とも会わず、週に1回か2回の面会も金網越しということで、8か月ほとんど人と会わない話さない生活を続けました。これがぼくのソーシャルディスタンス経験です。ずっと本を読んでいたので、たぶん生涯で一番たくさん本を読んだのはそのソーシャルディスタンスの8か月だったと思います。それからもうひとつ、生涯で一番手紙を書いて手紙をもらったのもソーシャルディスタンスの8か月でした。その8か月の拘置所生活で一番楽しかったことは、壁の上の方から流れてくるラジオでした。一番NHKのラジオを聴いたのもその8か月でした。」

私は、これが作家・高橋源一郎の原点になったのではないかと感じた。

 ゲストの伊藤比呂美さんは、「今、普段よりたくさん本読んでいるか」と問われ、「読んだ読んだ読んだ読んだ」と早口で繰り返し、いくつかの本の話をして、最後には「声を大にして言いたい。文学は役に立つ。フィクションの力だと思う。私たちの無意識を出してくる。それで救われるの。」と締めくくった。

 「本を読んでいる子は強い。」子どものいじめ問題に長いあいだ関わってきた人がそう言っていたのを思い出した。いじめにあっても、本を読んでいる子は立ち直っていくらしい。「文学の実用性を感じる」という伊藤さんの言葉と重なった。

 コロナのニュースばかりが気にかかり心のざわつく日々を送っている今、文学の力を借りたいと思う。ああ、図書館が開いていればなあ。

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