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[2025年12号] 本の紹介「小商いのすすめ」

『小商いのすすめ 「経済成長」から「縮小均衡の時代へ

平川克美 著


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  本屋という小商いをはじめて一年になる。「小商い」という言葉を意識したのは、この本を読んでからだ。本書には「経済成長から縮小均衡の時代へ」という副題がついている通り、著者はすでに高度経済成長を前提とした社会の仕組みが成り立たなくなりつつあるという認識から出発する。

 本書の主張をひと言で要約すれば、「経済成長を前提にしなくても生きられる社会をつくるために、ヒューマンスケール(身の丈)の商いを取り戻そう」という提案だろう。

 巨大化を志向するビジネスは効率こそ高いが、現場との距離が開き、責任が分散し、関係性の豊かさが削がれていく。著者は、むしろ小商いこそが、人と人の適度な距離感や、仕事の責任の所在を明確にし、地域で生きる手触りを取り戻す営みだと説く。

 私が東京でコンサルタントとして働いていた頃、こうした感覚はほとんど得られなかった。見えない顧客に向かって、何千万円という金額を動かしながらも、「誰の生活をよくしているのか」という実感は希薄だった。スケールアップや効率化が前提の世界では、商いの意味が数字に収斂していく。その違和感を、本書は明確な言葉にしてくれた。

菊池に移り、本屋を営むようになって初めて、著者の言う“ヒューマンスケール”という概念が腑に落ちた。売上は小さいが、棚をつくり、選書し、誰かが手に取るまでの一つひとつの行為が、自分の責任と喜びに直結している。数字では測れない関係性や信頼が、商いの中心に立ち現れてくる感覚がある。

 著者は、これからの時代を「縮小均衡」と呼ぶ。経済規模が縮むからこそ、再び人間の生活スケールに合う商いや関係性を取り戻せるという視点は、人口減少社会を生きる私たちにとって、悲観ではなく現実的な希望になりうる。

 『小商いのすすめ』は、小さく生きることを礼賛する本ではなく、これからの社会のあり方を問い直すためのヒントに満ちている。小商いは過去への回帰ではなく、むしろ「これからの当たり前」を先取りする行為なのだと、本書は教えてくれる。

                          木編Books 杉本翼

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