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[2026年03月号] 書評「ヤンキーと地元」

書評『ヤンキーと地元』 打越正行著 筑摩書房刊     

                       木編Books 杉本翼

 

 打越正行『ヤンキーと地元』は、本が「知らない世界を見せてくれる道具」であることをあらためて実感させる一冊だ。

 私たちは日常生活のなかで、無意識のうちに接触する人の範囲を限定して生きている。菊池で本屋をしている僕にとって「沖縄のヤンキー」という存在は、その外側に置かれがちな対象だ。多くの人にとっては、ニュースやイメージの中で語られる存在であって、具体的な生活を共有する相手ではないと思う。

 僕自身もヤンキーを怖い存在だと思っている。でも実際に話してみると、拍子抜けするほど普通に会話ができた経験がある。価値観や振る舞いは違っても、同じ人間同士、同じようなことを考えているものだ。それは自分の中にあった先入観を揺さぶる経験だった。本書は、その揺さぶりを思い起こさせる。

 社会学者である著者は外部から分析する立場をとらず、当事者たちの生活圏に入り込み、関係のなかに身を置く。「パシリ」として振る舞い、雑用を引き受けることで信頼を得ていく。その参与観察によって描かれるのは、抽象的な「ヤンキー」ではなく、具体的な人間である。地元への強い帰属意識、仲間内の序列や連帯、家族との関係、進学や就労の選択肢の限界。彼らの行動は、意味のないものではなく、地域経済や教育構造、家族関係のなかで一定の必然性を持っていることが示される。

 社会学の力は、行動の背後にある事情を可視化する点にあると思う。なぜ地元に留まり続けるのか。なぜ外に出ないのか。それは意志の弱さというより、選択肢の広さ問題でもある。本書は、彼らを擁護するのでも断罪するのでもなく、理解可能な存在として描き出す。

本書が教えるのは、わからない他者をそのままにしておくことの安易さである。距離を取り、関わらなければ安心できる。でもそれは分断を固定化する。わかり得ないかもしれない他者を、それでもわかろうとする姿勢。それは、民主主義社会における成熟した態度にも通じると思う。

『ヤンキーと地元』は、特定の若者文化を描いたルポにとどまらない。自分の外側にある世界を想像する力を鍛える本である。読後、社会の見え方が少し変わるはずだ。

 


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